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2017.03.28

ジャガーE-タイプでアルプスを走り抜く ーー ジャガーE-タイプ(1961)

E-タイプの発表の際の常軌を逸した盛り上がりは今や伝説になっている。ジェームズ・ミッチェルが1961年のジュネーブ・モーターショーの発表の際、展示されたE-タイプそのものに乗ってアルプスに挑む。

1961年のジュネーブ・モーターショーにジャガーE-タイプが到着したときの様子は、まるで何もない大草原に巨大な嵐が突然吹き出したかのような出来事だったに違いない。E-タイプは、D-タイプの時代から密かに開発が進められてきた。テストのためにMIRAに向かう途中でその姿を見かけた連中や、工場にいる知り合いからこっそり情報を仕入れた連中の噂話が、嵐の勢いをさらに強めた。1960年のル・マンでは、ブリッグス・カニンガムがクロスオーバーのプロトタイプ-E2Aで出場し、そのスタイルはより明確になった。そして、遂にニュー・モデルとして公式発表されたときには、嵐があまりに激しくなり、E-タイプのライバル車をすべて吹き飛ばしてしまった。

アルプスを颯爽と走るE-タイプ。


以来、E-タイプの発表時の顛末は伝説となった。ウィリアム・ライオンズ卿は、難しいといわれるニューモデルの発表を巧みにやり遂げた。ライオンズにとって、ジュネーブ・モーターショーのブースにクルマを展示するだけでは充分ではなかった。メディアや一般の自動車ファンがライバル・メーカーのニュー・モデルを目にする前に自社のニューモデルを披露して、ライバル車を蹴散らしたいと考えていた。彼は、英自動車工業会(SMMT)を説得して得た資金を利用して、ジュネーブ・モーターショーの開催前にジュネーブ湖畔のレストラン、ガストロノミイー・ドゥ・パルク・デ・オー・ヴィヴでプライベート発表会を開催した。

このイベントは、ニュー・モデルの発表と、その後行われるジャーナリスト達によるE-タイプ試乗という2つの部分から構成されていた。そのため、このイベントには2台のE-タイプが使用された。私たちがよく目にする、E-タイプの隣にライオンズが誇らしげに立った屋外の写真は、このレストランの外で撮影したものだ。屋外に展示されたこの9600HP、シャシー番号885002のE-タイプは、ジャガーの権威であるフィリップ・ポーターが所有している。ジャーナリストの試乗に用いられたのは、このクルマだ。

素晴らしいリアのスタイリング。


もう1台のシャシー番号885005のE-タイプは、当初ロードスターとして製造され、後にクーペ開発のためのテストベッドとして利用された。ライオンズは、デザイン・プロセスが後期にさしかかり、クーペのフルサイズ・モックアップを目にするまで、タイプ-Eをクーペとして考えていなかった。885005は3月にジャガーのブラウンズレーン工場から大型トラックでジュネーブに輸送され、翌日、最終調整のためにガレージ・クラパレドに到着した。ここからさらにオー・ヴィヴ公園に輸送され、慎重にレストランの中に運び込まれた。発表の際、ウェイターがシルバーのカバーを取りのけて披露できるよう、クルマ全体を覆う合板のボックスが特別に組み立てられた。


next pageジュネーブ・モーターショーでの885005

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